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コラム

【言葉のちからを集めよう#07】和菓子職人 小林優子さん 「旅するようにつくるお菓子。自由につける菓銘が会話をうむことも」

〝お店を持たない、京都の和菓子屋さん〟として注目される「みのり菓子」。店主の小林優子さんは、現在、定期的に上京区・西陣のレンタルスペースや二条城近くのシェアカフェに出向き、出張カフェというかたちで旬の素材を使ったお菓子を提供しています。フルーツや野菜なども使う斬新な素材の組み合わせ、そしてお菓子のおいしさ・美しさが評判を呼び、ファンも多いとか。仕事終わりの小林さんを訪ね、お菓子づくりや、それにまつわる言葉について聞きました(取材場所/アトリエと宿「草と本」)。


屋号は、食べた人の笑顔が実るようにと想いをこめて

「最近は、〝みのりさん〟と呼ばれることが多くて、(本名の)小林さんって言われても、もう、私が反応しないかもしれない」と、ニコッと笑う小林さん。

子どものころからお菓子作りが好きだった小林さんは、高校卒業後に製菓学校へ。授業中に見た和菓子職人の手仕事に魅せられたと話す。

「手のひらの上で、みるみるうちに美しい季節の花のお菓子が咲く、……その様子に言葉が出ませんでした。ああ、私も和菓子をつくりたいと、このとき強く思いました」

卒業後は京菓子の老舗「老松(おいまつ)」で20年以上経験を積んだ。結婚・出産を経て、何かを始めてみようと小林さんがチャレンジしたのが「自分がつくりたいお菓子をつくること」。同店で働きながら6年前に「みのり菓子」を立ち上げ、2021年に独立した。

「『みのり菓子』という屋号は、もともとお菓子の原点が果物だといわれていることから〝実る〟という言葉が出てきました。それから、私がつくったお菓子を食べた人の笑顔が実るように、との想いもこめました」

 

和菓子とは美しいもの、その芯となっている一言

小林さんがつくる季節の果実や野菜、木の実を使ったお菓子は、ときにはユニークだと評される。

「一番初めにつくったのは、クレープ生地のような〝ふのやき〟を洋梨のミルクスープに浮かべたものでした。そもそも和菓子って、スープに浮かべないですよね(笑)」

どんなに意外性のある素材を組み合わせるなどしても「和菓子であると思って提供する」ということを大切にしている。その根拠となるのは、「老松」で働き始めて2年目に、お客さんからかけられた「素敵やねぇ」との一言。

「はっとしました。素敵なものを見たとき、素敵だと言えるようでありたいと思うと共に、自分自身が素敵なものをつくらせてもらえているのだな、と。そして和菓子とは、美しくなければならないと気づかされました」

小林さんが出張カフェというスタイルをとる理由のひとつが、この美しさへのこだわりだ。テイクアウトはせず、その場で食べてもらうことで完成する小林さんのお菓子にとって、盛り付けてからの仕上げは大切な瞬間。例えば、スダチの皮をおろして散らすなら、量や広がり方にまで、細心の注意をはらっているという。

 

菓銘は個人的なイメージをもとにつけることも

出張カフェのもうひとつの良さは、お客さんと会話が可能なこと。手書きのメニュー表をつくるのは、開店の直前。「赤山椒のチョコレート羊羹」のように、一目で何か分かるものもあるが、「淡い夢」のような抽象的な言葉も並ぶ。

「私の初夢の色はあたたかみのあるピンクなんです。木苺のシロップと豆乳を茶せんで泡立てたフワフワの泡とお餅で、夢をイメージしたお菓子をつくりました。何か分からないと、聞きたくなるでしょ」と、小林さんはいたずらっぽく微笑む。

常日頃からお菓子のことを考えている小林さんの頭の中には、いくつもの真っ白な表現したいお菓子のイメージが浮かんでいて、その季節の素材を合わせてピタッとはまったときに形にするのだとか。

「お茶席の主菓子(おもがし)だと、だいたいまずテーマを決めますし、菓銘は、短歌や俳句、花鳥風月に由来するものが多いんです。でも、私は素材からスタートして、色や気持ちやそのとき見たものを使ってつけることも少なくありません。こういった自由なスタイルが性に合っているなと思います」

 

「春よ来(こ)」は、レモンの浮島(蒸しカステラのような和菓子)に粉糖とレモン果汁を合わせた砂糖衣をかけたもの。

レモンの皮を散らして、ミモザの花を表現。

「これは2月に提供するお菓子。爽やかな酸味とレモンの皮のほろ苦さが、春の訪れを待つ気持ちにそっと寄り添ってくれるような気がしませんか」と小林さん。

 

すっと溶けてなくなる儚げな雪を淡雪羹(あわゆきかん)で表現した「凜(りん)」。

「こちらも2月のお菓子。北野天満宮で見た、雪の中の白梅の花びらに見立てた穴に梅シロップを寒天で固めたものを潜ませました。しゅわしゅわと口の中で溶ける淡雪羹に梅の風味と香りがほんのり。凜と咲く白梅のイメージです」

 

「火恋し」は9月に提供するお菓子。

「夜の暑さがやわらいで、ふと肌寒さを感じるときに。無花果(いちじく)の色みって暖炉によく似ているから、ぴったりだなと思って。丹波小豆やシナモンなど、体を温めてくれる食材も使ってつくりました」

 

一つひとつ説明を聞いているだけでも楽しい。こうした会話も含めて、多くのお客さんから愛されている菓子職人なのだなと感じる。

一方で、小林さんは、「名前にしばられたくない」とも。

「人によって目に映るものは違うと思うし、お客さんがつけてくださってもいい、くらいの気持ち。元来、ハプニングが大好き、大歓迎なんです。私がつける菓銘よりも、もっと素敵なものがあったなら、それに変えても良いと感じています」

お菓子に添えられた言葉も、小林さんからのメッセージの一つ。それを、お菓子を食べた人がどう受け取り、変化させていくのか。これも小林さんが心待ちにする対話なのだ。

 

(文、撮影・市野亜由美、お菓子の写真提供・小林優子さん)

小林優子さん プロフィール

1979年生まれ。「みのり菓子」店主。京都生まれ、京都育ち。製菓学校を卒業後、京菓子の老舗「老松」に入社。多くの人が和菓子の魅力に触れられるように、市内の学校や寺院、ホテルなどで和菓子教室を行う。また、さまざまな種類のお茶とお菓子の相性を学ぶために、ティーインストラクターの資格も取得。2016年、「みのり菓子」を立ち上げる。2022年5月に初の著書「みのり菓子 旅するようにお菓子をつくる」を上梓。

みのり菓子 インスタグラム

https://www.instagram.com/minorigashi/

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