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コラム

【言葉のちからを集めよう#06】 書家 奥田美穂さん 「言葉は、難しい。だからこそ、受け取る人と共にしたい」

作品づくりだけにとどまらず、ワークショップやライブイベントと幅広く活動している書家の奥田美穂さん。滋賀県信楽町のアトリエにお邪魔してお話をうかがいました。日々の喧騒から少し離れたこの場所で、奥田さんは書、そして言葉とどのように向き合っているのでしょうか。


 

絵みたい、と言われる「書」

「のんびりできるので、ここでお稽古もやっています」。築100年の古民家をリノベーションした建物の一角にあるアトリエ。お茶どころとあって、縁側の向こうに朝宮茶の畑が見える。

着物姿の奥田さんと一緒に小さな掛け軸が出迎えてくれた。扇型の和紙には、蕗のとう、たらの芽、根三つ葉、土筆……と春夏秋冬の順に旬の食材の名が並ぶ。「ここに私の言葉は入っていないんです」と、奥田さんは言う。

もちろん、選んだひとつひとつの言葉に思いが込められている。でも、見る人にはそれぞれが受け取った感覚を大事にしてほしいというのが奥田さんの気持ちだ。「受け取り方はその人の見てきたものとか、歩んできた人生によって違う。だから、私の知らない見方もできると思うし、もっと可能性があると思うんです」

「歳時記」と題されたこの作品。淡々と並んだ文字は、むしろ絵に近い。「たまに言われるんです、絵みたいだと。そう言われるのがとても嬉しくて」

 

あえて“言うことをきかない筆”で書く理由

音大出身で、ピアノを専攻していたという奥田さん。習字は小学生の頃から続けてきたが、書家として本格的な活動を始めたのは最近のこと。

「表現方法は何でもいいんです。たぶん誰でも自分が今生きているということを、何かで表現したいじゃないですか。できるできないは別にして」

自分を表現すること。小さい頃の奥田さんには、それがピアノだった。だが、成長とともにピアノでの表現に違和感を覚えるようになったという。「表現しきれないというか。私では、ピアノで表現できないな、と」。長い間、師事した書の先生が亡くなったことも、自分自身の表現に向き合うきっかけとなった。「今までやっていた習字じゃない表現をしないと、と思って枠を出たんです」

奥田さんがよく使うという毛先の長い筆を、私も持たせてもらう。面白いほどうまく動かない。まるで筆自身が意志を持っているかのようだ。「この字すごいでしょ、っていう表現はしたくなくて。そこを手放したいというか、自由になりたいから、わざと“言うことをきかない筆(コントロールしにくい筆)”で書くんです」

確かに、いざ筆を持てば素人でもうまく書こうとしてしまう。見せてもらった半紙には「見上げてごらん、夜の星を……」。有名な歌詞の一節が、書き手の力を感じさせない文字で綴られている。「普通の筆で書いたらもっと均等な太さの、ザ・お手本みたいになるんです。私はこの雰囲気を伝えたいだけなので、字に主張がない方がいい。これを見てちょっと星のことをイメージしてもらえたら」。半紙の上に連なる文字に星空を感じる―。そんな広がりを生み出すのが、この“言うことをきかない筆”だ。

 

自然から、一番新しい感動をもらう

奥田さんが書にする言葉はどこから生まれてくるのだろう。草木花の名前もあれば、漢詩や和歌、歌詞まで、作品の題材はさまざまだ。「何を書こうかと考えた時に、外からインスピレーションをもらうこともあるんですけど、それを自分がどう感じるかということを大切にしたいと思っています」

言葉は自分と向き合うことで生まれる。しかし、それはたやすいことではない。「まず自分が感動しないと何も出てこない。感動してこそ、何か形にして、それを伝えたいと思う。私の場合はそれが書になるんです」

大事にしているのは、自然の中に出かけていくこと。人が作ったものより、自然から受ける刺激が大きいという。着物の出で立ちからは想像しづらいが、アウトドアウェアで川に入ることだってある。「自然っていつも新しいじゃないですか、季節と一緒に入れ替わって。それをもらいに行くのが一番いい。私の中では、自分に向き合う=自然の中に出ていくということ」

 

ライブパフォーマンスで共有する「今」

2022年6月人生初めてのライブパフォーマンスを行った。場所は岐阜県羽島市にある大仏寺。尺八、ギター、鍵盤ハーモニカのJAZZトリオが奏でる音楽のなか、観客を前に書いた。

「音楽からは離れたけど、やっぱり好きなんです。音ってすごく心に響く。これくらい魂にぐさっとくる表現、羨ましいな、できたらいいなって思ってはいたんです」

はつなつの かぜのなりぬと みほとけは をゆびのうれに ほのしらすらし

「仏さまも小指の先で初夏の風を感じておられます」。まず書いたのは、新潟の歌人 會津八一の歌。さらに、その場で感じたことを書にしようと、佐吉大仏の胎内にある経石(一字ずつお経の文字が書かれた小さな石)から“音”“遊”“時”、そして“今”の4字を選んだ。

「音の中にいる心地良さを100%表現できるわけではないし、半分も届かないかもしれない。それでもこの場を共にしている今を皆で感じたい。今、生きてないとここにはいなかった。それを感じられるのが今日を生きてる喜び。それが大事なんじゃないかな、と思って」

佐吉大仏(大仏寺)でのライブパフォーマンスにて(2022年6月)

 

言葉は繊細でもどかしいから、伝えようとせず、相手にゆだねる

「言葉にして伝わることもあるけど、自分の伝えたいと思っていることと、相手が受け取ることはきっと同じじゃない。言葉は本当に難しい」

奥田さんは、書かれた言葉そのものよりも、言葉と言葉の間やそこに生まれた余白に気持ちを共有できる何かがあるのではないかと考える。作品を形づくる表具や和紙のひとつひとつにこだわるのもそのためだ。

 満つるほど 言の葉ぐさの 欠けにけり

伝えようとするほど、言葉はそのそばから欠けていってしまう――。これは、少し前に自身の中から生まれてきた句。この作品を書いた和紙には奥田さんの好きな「露芝」という日本の伝統紋様があしらわれている。すすきなどの芝草とその上に宿った露が描かれたものだ。「伝えたいってちょうどこういう感じ。思いはパンパンにあるけど、ちょっと間違ったら落ちちゃう。簡単に表現できないというか、触ったら落ちちゃうから、触れない」

言葉は繊細でもどかしい。書けば書くほど伝わりにくく、説明すればするほど他の可能性をなくしてしまう。できるだけ丁寧に扱いながらも、放った瞬間から自分だけのものではないと手放す潔さが必要なのかもしれない。

「あくまで私の発信なので、受け取り方は人それぞれでいい。そうありたい。だから、委ねるというか共有したいなと思っています」

ひとつ、ひとつ私の問いをかみしめて、言葉を選んでくれた奥田さん。そのたおやかな佇まいは、言葉に対する姿勢そのもののようだ。

 

(文・遠藤道子、写真・奥田さんご提供

奥田美穂さんプロフィール

「墨音」主宰。9歳より字を習いはじめ、現在は、暮らしのかたわらで季節のうつろいや自然の風景に自身を響かせて作品を表現。自身の作品展をはじめ、ワークショップや教室の開催、題字デザインなどを手がける。

https://kazenotayorimi.wixsite.com/miho-okuda

※奥田さんの暮らしや書家としての活動を綴った文章がNoteで読めます!

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