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コラム

【言葉のちからを集めよう #05】詩人 豊原エスさん「言葉はみんなの共有物。私の紡ぐ言葉も、あなたの言葉もバリエーションの一つ」

京都を中心に、詩人として活動する豊原エスさん。詩集制作以外にも、朗読ライブや、詩のワークショップなどを開催しています。豊原さんの詩には、これまで見て見ぬフリをしていた、自分の心にある小さな傷と向き合うきっかけをもらえる、そんな不思議な力が潜んでいるような気がします。読む人の心を揺さぶる豊原さんの言葉は、どのように生み出されているのでしょうか。

 

詩にしたためることで救われた日々

豊原さんが詩を書き始めたのは、中学の頃。表向きは明るく振る舞っていても、人がいないところではひどく落ち込んでしまうこともある。そんな日常のなかで、豊原さんを救ってくれたのが言葉だった。

「他の人が絵を見て癒されたり、音楽を聞くことで元気になったりするように、私は本を読んだり、日常で感じたことを詩にして、自分の感情に折り合いをつけていました。それが私のライフワークだったんです」

モヤモヤした気持ちを書くというより、同じ失敗を繰り返さないように、生きるヒントになるような言葉を詩にしたためていたという豊原さん。書き始めて10年ほど経った頃、これまで書いた詩をまとめて、詩集として世に出すことを決めた。

「ある友人に詩を見せたときに、『あなたの書いた詩はきっと誰かの助けになると思うよ』って言ってくれたんです。彼女は約束も守らないし、優しい言葉をかけるタイプではないんだけど、なぜか憎めない人で(笑)。その人に褒められて、すごく嬉しかったんですよね」

自分の言葉が誰かの役に立つかもしれない。そんな想いから豊原さんの詩は、少しずつ変化していった。

「私にとって言葉は自己表現のためのツールではなく、みんなと共有するものという認識なんです。例えば、自分の気持ちが言い表せなくて、言葉に詰まってしまうとき。口の上手い人に言い負かされてしまうとき。言葉を必要としている人に、私の書いた言葉をつかってもらいたいと思うんです。私もこれまで、いろんな言葉に助けてもらってきましたから」

豊原さんの詩にはほとんど固有名詞が登場しない。例えば「あの人」という言葉なら、恋人、親、亡くなってしまった友人など、それぞれに思い浮かべる人は違う。それは、読み手によって想像するシチュエーションは違うはずだという想いから。

「詩を書くときは、自分も他人もないまぜにした存在に向かって書いています。私という存在はあくまで媒介で、言葉に動かされているというような感覚もあって。私は、言葉って人間を超えた存在のような気がしているんです。人は前の時代の人の知恵を受け継がず、人のものを盗ったり、傷つけたり、同じ過ちを犯してしまう。一方で、人間が生み出した言葉は、世紀を超えて残り続ける。ある種、人よりも尊い存在ではないかとさえ思うんです」

 

声に出して読むことから広がる世界

自らの中から湧いてくる言葉たちを、大切に綴り続ける豊原さん。詩集の制作以外にも、朗読(ポエトリーリーディング)や、言葉をコラージュするワークショップなどを行い、言葉の可能性をさらに広げている。特に音読によって、作品の制作がガラリと変わったそう。

きっかけは、豊原さんの詩集を扱う本屋さんからの勧めで訪れた「Bookworm」というリーディングイベント。参加者は1人10分の持ち時間の中で、「好きなものを読み、好きなことを語る」。この時、豊原さんは自分の詩を初めて人前で読むことにした。

「読み始めたら、息がもれるようなかすれ声しか出ないぐらい緊張してしまったんです(笑)。でも他の参加者の話を聞くのがすごく面白くて。『買った本がすごいよかったから、今からその一節を読みます』とか『この間離婚したんですが、そのいきさつを聞いてください』とか、プロもアマも関係なく、それぞれが思うアプローチをする姿がとにかくかっこよかった。文学って、こういうところから生まれるんだと思いました」

その後、豊原さんは表現の一つとして、朗読ライブなどを行うようになった。

「詩集の制作は、神様からやりなさいよと言われた使命のような感覚でやっていますが、朗読は私の娯楽のようなものです。詩の朗読だけでなく、他のアーティストが行うライブドローイングや音楽とセッションすることも。そこで楽しんだことが、また自分の生み出す言葉に還っていくんです」

 

誰かの生きるヒントになるかもしれない

さまざまな表現方法で自らの詩の世界を広げている豊原さん。豊原さんにとって言葉とはどのような存在なのだろうか。

「詩を書き始めた頃は、自分という存在がどこにいるかわからない状態でした。その不安な想いから人を傷つけてしまうような、あやうさもあって。それが詩を一生懸命書くことによって、自分の持つ地図の尺度がわかって、緯度と経度がはっきりして、ようやっと自分の立つ場所が明確になったという感覚なんです」

だから今でも自分の生み出す言葉は「作品」というよりも、「生きるために必要なツール」だと感じているそうだ。

「私の紡ぐ言葉も、あなたの言葉もバリエーションの一つ。世の中に言葉のバリエーションを増やしていくことがすごく大事だと思うんですね。私も誰かの言葉に助けてもらったように、私の詩が誰かが生きるためのちょっとしたヒントになる。借りたものを返さなくちゃという気持ちがあるから、詩を書き続けているのかもしれません」

 

豊原さんの詩にはこんな一節がある。

「だから私は途切れることなく、私を続けていくのです。これからもずっと」

これからも豊原さんは、自分の内なる声を詩にし、届け続ける。

 

(文、撮影・三上由香利)

豊原エスさん プロフィール

大阪府出身、京都在住。詩の執筆活動の他、ダンス・演劇・書などいろいろな分野のパフォーマーとのコラボレーションも行う。詩と音楽と写真スライドのユニット「水窓(すいそう)」では、ポエトリーリーディングを担当。「歌いながら生きていく(絵/足田メロウ)」「silence book(絵/西淑)」など。

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