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コラム

【言葉のちからを集めよう#04】 脚本家・立命館大学准教授 谷慶子さん「言葉は波動。文字を超えて伝わるもの」

脚本家として活動する傍ら、立命館大学映像学部の教壇に立つ谷慶子さん。東映京都撮影所のスクリプター(記録係)として活躍するパラレルキャリアの持ち主でもあります。映画やドラマなど映像制作に携わる谷さんが考える言葉のちからとは――。


初執筆の長編に込めた「笑おか!」の精神

谷慶子さんが初めて書いた長編シナリオ『タイ・ブレーカー』は、2003年、映画脚本の登竜門とも言われる城戸賞で準入賞を果たした。引退に追いやられたソフトボール選手由紀子を主人公に、末期がんの父をめぐる家族の愛を描いた作品だ。どんどん深刻になっていく父の病状とは裏腹に、物語に流れるムードは一貫してカラリと明るい。これはほとんどが谷さんの実体験。不安や悲しみの渦中にもどこかに笑いがあるのは、谷さん一家のノンフィクションだ。

家族愛のほかに、テーマがもう一つ。「怒ってもしゃあない、泣いてもしゃあない、ほな笑おか!」。執筆当時、阪神大震災の記録のなかでたまたま目にしたやりとりが元になった。ちょうど相撲で若貴が強かった時代のこと。

「おたくどうでした?」

「うちとこ、若貴ですわ!」

「どういう意味?」

「全焼(全勝)!」

 谷さんは振り返る。「どんな困った状況でもユーモアっていうのかな、何か底力みたいなものがあって。これやっぱ関西のパワーでしょ! そういうものを伝えたかったんです」

 

言葉にしすぎないのが鉄則

『タイ・ブレーカー』のように、作品には書き手が意図するテーマがある。だが、良いシナリオはそれをセリフにしないと谷さんは言う。「テーマは言って聞かせたらダメなんです。感じてもらわないと。観てたら知らん間に同じ気持ちになっているのが一番ですね」

 言葉にしすぎると、シチュエーションが限定されてしまう。余白を残すことで、受け手はそこに自らの経験を乗せ、物語を自分のものにすることができる。たとえそれが意図されていないものであっても構わない。「間違いってないんですよ。受け取った時点で、受け取り手の自由なんで。人によって違って当然だし、それはちゃんと作品に考える余白があるということじゃないかな」

 脚本執筆の傍ら、谷さんは東映京都撮影所のスクリプター(記録係)としても活躍。スクリプターは常に監督のそばにいて、作品づくりに関わる。撮影現場でのありとあらゆる情報を記録管理する仕事だ。脚本家になるには現場を知っておく必要があると言われ、大学卒業後すぐに修行を始めた。

「10年間はホン(脚本)を書きません! そう言ってスタートしたんです」。そんな修行時代に出会ったのが、今も師匠と仰ぐ斎藤光正監督。脚本家志望と知ると、監督は台本の直しや演出のアイデア出しまで谷さんにさせた。身も心もヘトヘトだったが、仕事が面白くなったのはそこからだった。「破天荒な人でした。いつもニンニク臭くて、お風呂にも入らへんし(笑)。でも監督の横にいるとすごく勉強できたんです」

 例えば、人を見送るシーンで「ものすごくついて行きたいけど、行けない」という心情を表現したいとする。そこに必要なのはセリフではないこともある。「監督は俳優さんに、ゆっくり1歩だけ出ろとか、2歩出ろとか言うんです。それだけですごく思いがこもって見えるんですよ!」。表情、仕草、背景、空気……谷さんが生きてきたのは、言葉以外で真意を相手にどう伝えるかを追求する世界でもあった。

 

自分を重ねて生まれた共感が人をひき付ける

脚本家としてデビューしたのは、2012年。TBS月曜ゴールデン『女タクシードライバーの事件日誌7』(2014年放送)をきっかけに執筆活動に入った。以降、2時間ドラマや時代劇などの脚本を手がけてきた。「シナリオは共感で成り立っている」と谷さんは言う。たとえ殺人犯でも、そこに自分を重ねられる一面を作る。「愛とか怒りとか悲しみとか、人間が根本的に持っているもっと深い部分。もしかしたら自分もやってしまうかも、っていうギリギリのところで共感できたらのれるじゃないですか」

 2020年からは京都新聞の夕刊で『現代のことば』というコラム欄を担当。長年現場で活躍しているだけあって、有名監督や大御所俳優とのエピソードなど華やかな話題も豊富だ。ここでも重要なのは、共感。「読んだ人が自分もそう思うってなればいいなって。共感してもらって終わらせる。それは狙ってるかもしれないですね」

 廃れていく時代劇の現実やコロナ禍での映画界の苦悩まで、決して明るくない話題にも触れる。だが、どのコラムにも感じられるのは「さあ!」と前を向く気配。「毎回、最後は未来に向けて書こうと思うんです」。暗いニュースが並ぶからこそ、ホッとしたり、ちょっとでも楽しくなるような記事にしたい。その理由を谷さんは「自分がそういうのが好きなだけ」と笑う。

 

言葉は文字を超えて人に伝わる波動

「結局、言葉って波動だから。絶対人に影響していると思うんです。だって、良い言葉を使って話したら変わってくるじゃないですか、その場の雰囲気」

最近、谷さんが学生のために企画したSF短編映画は、言葉の力(作中では「言語エネルギー」と名付けられている)を使って地球を守るという物語だった。かねてから言葉のもつ影響力に注目していたことがアイデアに結びついた。「波動と言うと、ちょっとスピリチュアルっぽくて大手の作品だと敬遠されることも多いんです。世の中に大きな声で言うにはまだ早いのかもしれないですね(笑)」

初長編の『タイブレーカー』(原稿)と最新作映画『GOZEN ー純恋の剣ー』のパンフレット

脚本家になる夢を実現した谷さんの習慣に、「言挙げ(ことあげ)」がある。願い事を声に出すのだ。例えば神社にお詣りに行った時、御神体の鏡に向かって言挙げすると、言ったことが鏡に反射して自分に返ってくる。「神様に願い事するのって、結局自分に言い聞かせてることだと思うんです」。記録係から脚本家へ、大学の教壇に立つことも、新聞での執筆も、自分に言い聞かせながら一つずつ叶えてきた。もちろん、うまくいったり、いかなかったり。すべてを糧にして、楽しんできた。「せっかく生きてるんやから、喜怒哀楽、全部楽しまな! みんなそれを経験しに生まれてきてるんでしょ」

 言葉は波動。谷さんの言葉から出るポジティブな波動を受け止めた私は、今まさにねじり鉢巻きで何かに頑張りたい気持ちになっている。言葉は相手に、時には自分に、目に見えない影響を及ぼしている。ならば一層、その一つ一つを大切に送り出したい。こうして書いている記事からも、文字の並びを超えた何かが一緒に伝わっていくはずだ。

 

 

文・遠藤道子、写真・瓜生朋美ほか

谷 慶子さん プロフィール

1968年大阪府生まれ。脚本家・スクリプター・立命館大学准教授。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業後、東映京都撮影所へスクリプターとして入所。2003年、『タイ・ブレーカー』で第29回城戸賞で準入賞。以降、脚本家としても活動。映画『多十郎殉愛記』(中島貞夫氏との共作)、『GOZEN-純恋の剣-』、TVドラマ 『狩谷父娘シリーズ』など。

【連載】

京都新聞 夕刊コラム「現代のことば」
https://www.kyoto-np.co.jp/

※2022年8月刊行の『ベスト・エッセイ2022』(光村図書)に谷さんの「現代のことば」が選出されました!

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