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コラム

【言葉のちからを集めよう #01】ジャズシンガー深尾多恵子さん「言葉は聴き手の心を揺り動かすツール 」

いろいろな立場で言葉を扱う方々に「言葉のちから」について語っていただくコラムをスタートします。日々心を痛める出来事が多くあるなかで、優しく、美しい言葉を発信し、人を思いやる言葉がひとつでも多く世界に響くようにという想いを込めて企画しました(※コンセプトはこちらに)。

その第一弾にご協力いただいたのは、ジャズシンガーの深尾多恵子さん。弊社から出版した本『Untraveled-ニューヨークが、ジャズシンガーにしてくれた‐』でも紹介した通りおよそ20年のニューヨークでの活動を経て、2021年から活動拠点を京都に移されています。アメリカで、日本人として歌うこと。どのようにジャズに挑み、言葉を紡いだのか。ジャズシンガーの視点から見た言葉のちからとは―。


 

日本人なのにジャズをする、ではなく日本人だからこそできるジャズを

軽快なピアノの音、細かく刻まれるドラムのリズム。なめらかな旋律に乗せ、ステージの中央で楽しそうに歌う日本人の女性。違和感のない英語の発音、のびやかで澄んだ歌声に、現地の観客が賞賛の拍手を送る。ニューヨークで撮影されたその動画は、彼女がそこで培ってきた実力を証明するかのようなものだった。

「なぜ日本人のあなたがジャズを歌うの?」

これは、深尾さんが現地の観客に実際に言われた言葉だ。ジャズはアメリカ発祥の音楽。日本人である深尾さんが歌うことに、疑問を感じる人がいても不思議ではない。それをどのようにして自分なりに乗り越えたのだろうか。最初に深尾さんが考えたのは、まずは基礎を磨くこと。専門学校には通わず、手探りでアメリカのジャズを身につけようとしていた。

そんなある日、友人の家で分厚いジャズの専門書に出会う。
「その本を自分も買って、分からないなりにやってみたら面白かった。そうして何度も最初から最後まで繰り返して読んでいくうちに、見えてくるものがありました」。そして、現地のミュージシャンとの仕事も刺激のあるものだった。「上手い人たちに混ざって、一緒に演奏するうちに学んだ経験が身になっています」

ネイティブな英語の発音や、英語特有の歌唱技術の習得も課題の一つ。それが少しでもおかしいと、そこばかりが聞く人の耳についてしまう。深尾さんは、言葉の発音などを丁寧に指導してくれる先生のもとで個人レッスンを何年も受けた。根気がいる訓練だったが、結果としてそれが自分のスキルアップへとつながった。

その後、無事アメリカでCDを発売。着々と実績を積み上げていく。ニューヨークで歌いながら、日本からやってきた自分だからこそできる何かを模索していた。「アルバムにお琴を取り入れた曲を入れたり、ショーのなかで1曲だけ日本語で歌ってみたり。アメリカのジャズをしっかり身につけて歌いつつ、日本のエッセンスをところどころに盛り込むことを目指していました」

日本人なのにジャズをする、ではなく日本人だからこそできるジャズをする。それが深尾さんの導き出した答えだった。

 

その人にとって何年経っても色褪せないショーをしたい

曲選びも深尾さんにとって重要なこと。単にヒット曲を歌うのではない。「ショーではビジョンが必要。私が歌うことに説得力があって、なおかつお客さんも共感できるような曲を選んでいます」。日本で生まれ、何不自由なく育った深尾さんにとって、アメリカ特有の歴史が背景にある曲など、自分の人生とかけ離れたような歌は難しいのだという。

「曲の一つひとつのストーリーを自分なりに消化した上で、軽くて明るい曲から、重くて暗い曲まで織り交ぜて、人生のいろんな面を
一つのショーにする。歌い始めた頃に比べてそれなりに経験してきたので、曲を選ぶ幅が広がったし、長年歌っている曲の理解も深くなりました」

ジャズが奏でるストーリーは、言葉に乗せて歌い継がれてゆく。
深尾さんにとって「言葉のちから」とは、「聴いている人の感情を揺り動かすツール」だという。曲の物語や情景を、曲に乗せて言葉でお客さんに伝える。そしてお客さんはそれを自分自身の経験に反映する。その時に、お客さん自身の心が揺さぶられるような体験をしてもらうことが理想なのだと語る。

「具体的にあの曲のどこが良かったとかは覚えてなくて良い。何年か経った後にあの時のコンサートすごい良かったなって、胸に響いて残るものがあったらいいなと思います」

 

ある日本人がくれたひと言が、心を軽くしてくれた

いつも笑顔で明るい印象の深尾さんだが、実は悩んでいた時期もあった。「日本とアメリカを行き来していた頃、どっちに行けばいいか分からなかったんです」。アメリカで自分のやりたいことを叶えたい。一方で、一人娘ということもあり日本の両親に申し訳ないと思う気持ちもある。そんな時、ある日本人のライターの言葉が、深尾さんの背中をそっと押してくれた。

「地球は丸いから、前を向いて歩いていたら、そのうち戻ってくる」

これはつまり、地球は丸く地続きだから、自分の信じた道をまっすぐ前に進んでいれば、いずれはもといた場所へ帰ってくる。だから心配せずに前だけ見て進みなさい、ということ。
その言葉が、思い悩んでいた自分の心をふっと軽くしてくれた。深尾さん自身も、言葉のちからで支えられていたのだ。言葉は、人と人をつなげるもの。今日もきっとどこかで、深尾さんは歌を通して誰かの心を震わすショーをするだろう。

 

(文・小山美奈子、写真提供・深尾多恵子、撮影・松村行雄)

 

 

深尾多恵子さん ライブスケジュール

2022年5月29日(日) 兵庫 / 神戸ポートピアホテル

2022年6月4日(土)京都 / 祇園 Funny Company

2022年6月10日(金)京都 / Live Theater 祇園JTN

2022年6月18日(土)兵庫・舞子公園 / 旧武藤山治邸 「明治の洋館JAZZ LIVE」

2022年6月25日(土)滋賀・大津 / Bochi Bochi

詳細は深尾多恵子さんのホームページよりご確認ください

http://www.songbirdtaeko.com/jpn.html

 

深尾 多恵子さん プロフィール

滋賀県近江八幡市出身。同志社大学法学部を卒業後、1998年に渡米しジャズと出会う。22年間のニューヨークでの活動ののち、2021年からは京都を拠点にライブを各地で開催。日米にて数々の公演歴を誇り、歌唱技術、音楽性ともにジャズファンやプロミュージシャンから高い評価を得ている。これまでにラジオや音楽雑誌などのメディア出演を果たすほか、4枚のCDを発売。今後もさらなる活躍が期待されている。

 

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