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コラム

能楽師・樹下千慧さん「わからないことが次々と。だから能がどんどん面白くなる」

樹下千慧(じゅげ ちさと)さん。33歳。4月5日(※延期が決定しました。日程未定。分かり次第加筆します)に京都観世会館で、「独立披露能」を開催される能楽師です。“独立”したことを広く知らせる、一生に一度の舞台。子どもの頃、能を始めたきかっけやこの公演にかける思いを聞きました。

―能を始めたのは6歳のときだそうですね。
両親にすすめられて河村能舞台に通い、河村晴久先生に教えていただいたのが始まりです。私の実家は寺院なのですが、父と母は、全く知らない世界のことを学ばせたい、きちんとした挨拶や礼儀作法を身に付けてほしいと思ったようです。

―子どものときは能の稽古についてどう感じていましたか?
小学生の頃はとにかく楽しかったんです。同年代の子どもで、習い事として能を学んでいる人はいなかったので、大人のなかに入って、ちやほやされていたんでしょう。中学に入ると部活でバスケットをしていて、バスケットの練習をしてから能の稽古に行ったりしていました。能をやめたいと感じたことも少しはありましたね。

―でもやめなかった。本格的に能楽師になりたいと思ったのは?
高校二年生のとき、発表会に出て舞わせていただいたんですが、突然、舞っている最中に楽しさがわいてきました。地謡や囃子方の先生はとても素晴らしい方たちばかりで、私はそこにのせていただいて、それをお客様に見ていただいて……。とにかくとても楽しくなったんです。そのとき、能楽師になりたい!と強く感じました。

―能の稽古って、厳しそうなイメージですが。
習い事としてやっていたときには、厳しいと感じたことは、ほとんどありませんでした。ですが、能楽師になりたいという胸のうちを、河村晴久先生にお話しした、その瞬間から変わりました。

―何が変わったのですか?
もう習い事ではなくなったわけです。玄人になるのですから、求められる謡や舞の技術が高くなります。基本的に自分でやってきていて、稽古ではできていて当たり前。できたものを稽古で見てもらう。
習い事のときは、できずとも稽古に行って、間違えたら「そこは違いますよ」と言ってもらえる。玄人の稽古になると、できた上で、表現や技術を教えていただくことになる。そこが大きな違いでした。

十三世 林喜右衛門師に師事し、林家に内弟子として入門したのは2011年ですね。
高校を卒業して大学に行ってから、河村晴久先生が師事されていた十三世 林喜右衛門先生のところに住み込み修業に入らせていただきました。
住み込みになると、“書生部屋”が家の中にあって、基本的にその部屋で生活をします。朝起きて掃除をして、朝ご飯を作って、先生が行かれる舞台にはすべてついてまわります。舞台に出演しますし、稽古もあります。その稽古もできて当たり前です。稽古は先生につけてもらうのではなく、自分で練習をして、本番前に見てもらえるのは1回だけです。

―1回だけですか!? それで見ていただいて…何と言われるんですか?
だいたい「違う」と言われます。
できていることが当たり前。だから、褒めてもらうことはなく、悪いとこころだけを違うと指摘してくださいます。「もうちょっと考えてやりなさい」と、いうことですね。

―修業時代に身についたことは何ですか?
住み込みで修業をしていて、空気を読むことはすごく勉強になりました。先生、奥様、諸先輩方が、どう思っているのかを、一番下の者が感じなくてはなりません。その空間で全員が動きやすくするにはどうしたらいいのかを、常に考えていますから。

―能の魅力は何だと思いますか?
能は、650年間続いている芸能です。能楽師の動きの一挙手一投足に、謡の洗練された表現に、深い思いが詰まっているんです。その力で、物語を想像していただける。それが能の魅力だと思います。
能楽師は、何もない能舞台に美しい月や桜、川の流れなどを表現します。そのとき、自分の知る美しい月や桜、見たことのある風景を思い浮かべているかもしれませんが、それをお客様に伝えるのではありません。舞台を見ているお客様が知る一番きれいな桜を想像していただくのです。それが能だと思います。

―それには、難しさもありますね。
難しい。そうですね。でも私は、その難しさが楽しさに変わりました。やればやるほど、わからないことがどんどん出てきます。一つできると二つ、三つ分からないことが出てきて、それを順番に学んで理解していっても、またわからないことが出てくる。どんどん面白くなっていきます。それが一生続けられる理由だと思います。

―いよいよ、4月5日(※延期が決定。日程は決まり次第加筆します)に独立披露能が開催されます。
2019年に観世流御宗家より流儀準職分のお許しを得て、今回独立披露能を開催させていただくことになりました。書生時代から、独立披露能を夢見て、時間があるときは、“番組”について考えていました。ずっとお世話になってきた、憧れの先生方に出ていただきたい…。私の理想が詰まっている夢の番組です。
最初に能を教えてくださった河村晴久先生が「高砂」を、林宗一郎先生が「熊野」を舞ってくださいます。私は、大曲「石橋」を舞わせていただきます。最も激しく舞う舞です。そこには舞台への情熱と客観的に見る冷静さが必要な大変難しい曲です。まだまだ未熟ではございますが、お一人でも多くの方に感動して頂く舞台を出来ます様、精一杯勤めさせていただきます。


―独立披露能にむけて、味方團さんに稽古の相手をしていただく―

 

 

〈プロフィール〉樹下千慧(じゅげ ちさと)
1987年京都生まれ。6歳にて初舞台。
2011年より十三世 林喜右衛門師に師事し、林家に内弟子として入門。
2017年1月に書生を卒業。
2019年に観世流御宗家より流儀準職分に認定。
現在は、林定期能を中心に多くの舞台に出演。カナダ、フランス、スイス、オーストリア、マレーシア、アメリカなど海外公演にも多数参加。京都にて社中の会「千響会」を主宰。

 

※上記公演は延期が決定。日程が決まり次第加筆します