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コラム

【言葉のちからを集めよう#09】ブックデザイナー・北尾崇さん「書き手と読み手をつなぐ仕事。著者の想いをくみ取り、読者が読みやすいように」

私たちは言葉や文章を読むとき、情報として入ってくる前に、それをまず形として見ています。どんな読みものも、文字のフォルム、画面や紙面全体のレイアウト、写真やイラストとの配置など、さまざまな要素が組み合わさってデザインされているのです。WEBやリーフレット、冊子、本など、どんなメディアでもそれは同じ。今回、言葉のちからについて話をうかがったのは、本をデザインする、その名も「HON DESIGN」の北尾崇さんです。


原稿を読みながらカバーをイメージ

「“言葉のちから”と言っても、僕の場合は自分の言葉を発信してるわけじゃないので……。書き手や編集者の想いをどう伝えるかという仕事です」

北尾さんはこのインタビューのはじめにこう言った。確かにデザイナーは文字を新たに追加することは、基本的にはないだろう。だが、ライターや作家が書いた原稿が世に出るとき、デザインもその内容に影響を及ぼしているのではないか? 今回、北尾さんに話をうかがおうと思ったのは、その視点からだった。もう少し、仕事についてフカボリしたいと感じていると、「デザイナーは、書いた人の想いをくみ取る作業なんです」と北尾さんは続けた。

「だいたいは中(※ライター註:本文)からつくります。原稿を読みながら、つくっていく。そうすると、こういう表情のカバーがいいかなとイメージが湧いてくるんです。でも最近は、先に宣伝をしたいという要望があって、早めにカバーをつくることもありますね」
HON DESIGNでは、一般書のほか、専門書や雑誌も手掛けている。医療系の雑誌の仕事があるそうで、内容はかなり難しそうだ……。「どんなに難しくても読みます。専門的なことが理解できなくても、例えば『はじめに』や『おわりに』には著者の想いが書いてある。そのあたりを特に読んで、想いを理解するように努めます」

 

デザイナーの想いはいらないのか? あってもいいのか?

真摯に取り組む分だけ、デザインを著者や編集者に提案するときにはドキドキする。

「最初につくるデザインは、自分が読んだ直感で想いを込めたもの。絶対これだ!って思ってますが、もう一案つくるとしたら、今度は何も考えずに違う路線で。すると、二案目のほうを選ばれることもあって。自分の想いが邪魔して、著者のイメージと違ったり、余計なものを足したりしているのかもしれませんね。書いてあることは、著者さんの想い。僕の想いを入れ込む余地はないはずですから。だけど、その僕の想いをたまに面白がってくれる人もいて、そっちを選んでくれることもあります。バランスですかね」

本のデザインといって目につくのは、先ほどから話題に上がっている外回り、装丁だ。特にカバーが重要なのは言うまでもない。「書店やオンラインでの販売を考えると、これはこういう本なんだっていう、そのとっかかりが、ビジュアルとして見えて、文字としても読めないと。そのジャンルの本が好きな人に見てもらえるようにと意識します」


「HON DESIGN」の書棚

加えて気にするのが、本の“背”。「本屋さんの棚に並んだら、大体はもう背の文字しか見えませんから。背でもちゃんと読めるようにしなくてはなりません」

 

本文のデザイン、「組版」の魅力に気づいて

だがいざ読むとなると、大切なのは本文だ。原稿や写真と言った図版をレイアウトすることを「組版」と呼ぶ。もともとは印刷の一工程で版をつくることからそう呼ばれてきたが、北尾さんがデザインの仕事を始めたのは、ちょうどこの工程をMacで行うことが一般的になってきた1999年のこと。就職先は主に本の装丁を行うデザイン事務所だった。

「大学時代はプロダクト系のデザインを専攻していて、本のことは何もわからず、1~2年はアシスタントの仕事をしていました。その事務所では本文のデザインはあまりやっていなかったので、僕が組版を担当できたら事務所の役に立つかなと思いはじめて」。やってみると、シンプルながら奥深い、組版の魅力に気づいた。「ルールに則ると読みやすい。ルールから外れると読みにくい。でも、ルールを壊してちょっと変化をさせると印象がガラッと変わる。例えば文字の間をちょっと開けるとか、それだけで変わるんです。本をつくるって面白いなって思いました」

 

ただ、原稿を流し込んでいるだけじゃない


『組版原論―タイポグラフィと活字・写植・DTP』内

自分なりに試行錯誤していくなかで、衝撃的な一文が書かれた本に出合う。「例文が『(莫迦な編集者と無智なデザイナーと仕事をするなら、)昼寝をしていたほうがよい!』なんです。これにちょっとぎょっとするんですけど、読んでみると、確かにそんなところ全然気にしてなかったということが書いてあって。パソコンで原稿流し込めば、文字がきれいに並ぶ。それだけじゃないんです」

それは『組版原論―タイポグラフィと活字・写植・DTP』(府川充男 1996年太田出版)という分厚い一冊。パソコン上での作業が主になってきた組版の仕事で、組版とはどういうものかを示した解説書だった。本を開くと、いくつかのページで、さまざまな文字のフォントとサイズで前述の例文が並んでいる。この紙面そのものから著者の想いが強烈に発信されているようだ。


『組版原論―タイポグラフィと活字・写植・DTP』

「それまでの専門家が、人が読みやすいようにと考えて文字をくんできた、その歴史が書いてありました。僕はその歴史も知らなかった。ただ組むのではなく、『ちゃんと読んでもらうように組む』ことが大切だと気づきました」

 

どこまでも、書き手本位に

長年携わってきて、やっぱりこの仕事を天職だと思っている。「もっともっとうまくなりたい。こうしたら読みやすいと、自分の中で勝手に決めつけていることもあるかもしれない。柔軟に考えないと」と謙虚で、向上心にあふれている北尾さん。そして、もう一度「自分で言ってる言葉じゃないからな……」と今回のインタビューの趣旨に立ち戻ってくれた。

「人が伝えたいことを、ちゃんとくみ取れて、きちっとデザインにできたらうれしい。力になってるのか、なってないのか。難しいですね……。でも本屋さんで自分の担当した本が目立ってるなと思ってもらえたら、うれしいです。でもそれは言葉のちからじゃないか(笑)」。自身がインタビューを受けているときでさえ、あくまでも書き手の想いをくみ取ろうとするのでした。

(文、撮影・瓜生朋美)

北尾崇さん プロフィール

1976年生まれ。嵯峨美術大学卒業後、デザイン事務所へ。2012年にHON DESIGNを創業。現在4人のチームとして活動中。
HON DESIGN https://www.hondesign.jp/

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