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コラム

【言葉のちからを集めよう#11】編集プロダクション「毬藻舎」 森秀治さん・友成響子さん 「“さらけ出す人”と“黒子”の本づくり」

京都市上京区にある、築100年ほどの町家が「毬藻舎(まりもしゃ)」のオフィス。森秀治(もり・ひではる)さん、友成響子(ともなり・きょうこ)さん夫妻は、小学生と保育園児のお子さん二人、愛犬のゆきちゃんと共に暮らしながら、出版物の企画や編集、執筆業務を行っています。日々、仕事で言葉と向き合うお二人を訪ね、話を聞きました。


 

京都へ移住後、変化した仕事のスタイル

現在、フリーの編集者・ライターとして活動する森さん・友成さんは、もともと東京で出版関連の仕事仲間として出会い、結婚。2012年に京都へ移住した。「震災と、長女の出産とを機に決断しました。夫は京都出身ですが、京都で暮らすことになるとは、それまで思いも寄らなかったんです」と友成さんは話す。東京を離れ、幼い子どもを育てながら仕事を続けるためにも、こまめに現地取材に赴く必要のある雑誌などより、ロングスパンで取り組めるような書籍の仕事をメインにする現在のスタイルに落ち着いた。

一方、森さんは仕事が激減。「これは予想どおりで。東京ではビジネス書、自己啓発書、自然科学書を中心に、多数の書籍の編集・ライティングを担当し、『なんでも来い!』とばかりに忙しくしていたのを、立ち止まり、やりたいことを見つめるきっかけになりました」

手掛けた書籍の一部を並べ、これまでを振り返る森さんと友成さん。アットホームな“ちゃぶ台会議”から生まれた企画もあるそう

 

恥ずかしいけれど、それで得られる納得がある

そこで森さんは、初の著書出版に向けて、動き出した。「実は、高校生のころから短編小説を書いたりもしていたんです。全部、夢オチでしたけれど(笑)。大学も文学部を希望しましたが、国語のテストの点数がとにかく悪くて、成績の良かった理系を進路指導で勧められ、そちらへ進みました。若いころは、得意なことが好きなことなのかも、って勘違いしちゃったりするでしょう?」と森さんは笑う。

森さんの初めての著書。表紙イラストは、漫画家のしりあがり寿さんに描いてもらい、内容は、小説仕立てで、宇宙が出てきて、ビジネス書の要素も、と “てんこ盛り”!

 

森さんにとって、転機といえる自分の本を書いたことは、言葉と大きな関わりがある。「ひとつひとつの言葉の裏には人生が出てくると思うんです。なぜ、僕がそれまでのようなペースで、人の書籍を書きたくなくなったかというと、経験をしてないからなんですね。聞いたことを体裁よく書くしかない。自分で経験して、実感して、こうだと書くほうが響くだろうなと」。対して、自分の本を書くことはさらけ出すこと。それは、恥ずかしいことではあるけれど、そこに納得があると語る。

 

人生や暮らしを豊かにしてくれる本を生み出したい

一方、友成さんは、「実用書が好き。その地位を高めたい」と力説。
「編集者は、あくまでも言葉の媒介者であって“黒子”な存在という認識です。著者自身の正直な言葉にこそ、力があると思うので、本作りにおける言葉選びとしては、編集者の我(が)を極力はさまないように意識しています。もちろん著者と読者の繋ぎ役として客観的な視点から、伝わりやすく素直な言葉を大切にしながらの手直しは適宜行いますが」

友成さんが編集に携わった『オトナ女子の気くばり帳』(気くばり調査委員会・編、2017年、サンクチュアリ出版)と『オトナ女子のすてきな語彙力帳』(吉井奈々・著、2022年、ダイヤモンド社)。ふだんの生活に役立つ、リアルな情報になるよう検討を重ねたという

 

これまで、数多くの実用書の誕生に関わってきた。アロマテラピー、ソーイング、料理やおやつのレシピ、台所道具、ヨガ、お灸といったように、テーマはさまざま。2022年春には、二十四節気や年中行事と共に、旬の味や手仕事、文学作品などを美しい写真やイラストを添えて紹介し、ページをめくるたびに日本の風情に浸ることができる『季節を愉しむ366日』(三浦康子監修、2022年、朝日新聞出版)が完成した。友成さんが手がける本には、いずれも、豊かな暮らしのヒントを優しくひもとこうとする思いが感じられる。「暮らしの知恵を提供する実用書は、ともすれば人生を変え得る一冊になるもの。そのもととなる著者の言葉を紡ぐ編集はとても勉強になるし、一生追求したい大好きな仕事」だと話す、プライドもひしひしと伝わってくる。

 

著者のバックグラウンドから生まれる言葉の魅力

森さんと友成さん、それぞれの得意ジャンルで本づくりに携わる毬藻舎。仕事の依頼は別々にくることが多いが、時には一緒に制作をすることもある。

例えば、約3年かけて完成した『こどものための実用シリーズ』は、友成さんの企画で、森さんも編集メンバーに名を連ねる。「出版社の人と、『子どものための実用書って無いね』と話したのがきっかけですが、毬藻舎として何かアウトプットをしたい時期だったというのもありました」(友成さん)

シリーズは、『おいしく たべる』(松本仲子・監修、2017年、朝日新聞出版)『たのしいうんどう 』(平尾剛・監修、2017年、同)『みんないきもの』(阿部健一・監修、2018年、同)からなる。いずれも「なぜ」や「楽しい」気持ちを大切にしている。京都に来て、仕事をし、子どもを育てる環境に身を置く二人ならではの3冊だった。「そういえば、当時、小学2年生だった長女が『この本、めっちゃおもしろいで!』と、関西弁で(笑)太鼓判を押してくれましたっけ」と、友成さん。

ここにきて「本の役割は言葉の力を伝えるものなんだな」と、森さんは言う。いたってシンプルかもしれないが、考え抜いた末に出てきたひと言だ。

実は、カバーのイラストが続き絵になっている。「ただの図鑑ではなく、ちょっと考える力もつく」面白さを大切にしている3冊らしい仕掛け

 

取材で話を聞いている途中でふと、二人の対等で、いつもユーモアを忘れない、優しい雰囲気が心地よいなぁと気付いた。それがあまりにも自然で、はじめはそのように感じすらしなかった。どちらかといえば作家志向の森さんと、編集者志向の友成さんの絶妙なチームワークはきっと、家族だというだけで生み出されたものではない。志向が異なっても、言葉を大切にしたいと思う気持ちが共通していて、目指すところは同じなのだ。

自分を書く本も、人の言葉を紡ぐ本も。経験や正直さの重みをしっかりと受け止めながら、読み手の心に種を蒔く一冊を二人は日々つくっている。

(文、撮影・市野亜由美)

森秀治さん・友成響子さん プロフィール


〈森さん〉
1976年京都生まれ。神戸大学理学部物理学科卒業、同大学院自然科学研究科地球惑星科学専攻修了。博士過程中退。惑星科学を専攻し、主に太陽系が形成された過程を研究。
出版社を経て、2008年3月より、フリーの編集者、ライターとして活動。ビジネス書、自己啓発書、自然科学書を中心に、多数の書籍の執筆を手掛ける。2012年3月より京都に移住し、書籍の編集と執筆、洋書の選定から翻訳書の編集など。また、ノンフィクション作家としての顔も持つ。
得意なジャンル:ビジネス書、自己啓発書、自然科学書。

〈友成さん〉
1978年、福岡生まれ大分育ち。国際基督教大学・教養学部理学科卒。2002年より東京で専門出版社(フレグランスジャーナル社)と編集プロダクション(羊カンパニー)勤務を経て、2012年より京都でフリー編集者・ライターとして活動。これまで、暮らしに寄り添う企画や、女性の背中を押すようなテーマの本、子ども向けの本、手帳、などを多く手がける。
最近、自分のテーマを自分の言葉で発したい思いも湧いてきて、町家暮らしを続ける中で生じた「長持ち」ネタをインスタグラムで発信している(インスタアカウントは、ナガモチさん。https://www.instagram.com/nagamochisan/

【毬藻舎の公式ホームページ】
http://marimosha.com/

 

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