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コラム

【言葉のちからを集めよう#08】演出家 山口浩章さん「言葉とは、中に入れるものを選ぶ、だけどそのまま伝わるとは限らない“器のようなもの”」

舞台の演出家である山口浩章さん。現在、京都を拠点に活動し、年間10本ほどの作品の演出を手がけています。山口さんにとって言葉とは、脚本というかたちで読み解く対象であると同時に、俳優たちと作品づくりをする上で欠かせない意思疎通のツールであり、丹念に向き合わざる得ない存在。日々、考えさせられることも多いという山口さんに、「言葉のちから」について話を聞きました。


 

初舞台を前に、演劇を一生続けていくとの予感

「もう、30年ほども(演劇を)続けているんですよねー」と、山口さんはしみじみと振り返る。初めて演劇に携わったのは、立命館大学在学中のこと。

「高校のクラスメートだった、好きな女の子がお芝居をしていて。進学先は違ったけれど、彼女の公演のお手伝いをしにノコノコ出かけていきました。打ち上げの席で、『次は一緒に舞台に立てたらいいね!』なんて言われたもんだから(笑)」。このひとことに背中を押され、山口さんは学内の劇団へ。

「演劇は楽しかった。それまで部活動などにさほど熱中したことは無かったのですが、初舞台に向けて稽古をしていたある日、『ああ、自分はこれを一生やっていくな』と、ふと思ったんです」。その予感は的中。大学卒業後は友人らと共に新しく劇団を旗揚げし、俳優、脚本、演出など、多岐にわたって演劇に関わり、やがて演出家としての活動をメインとするようになった。

2022年12月に上演する「特急寝台列車ハヤワサ号」の稽古風景(以下同)

演出家としての道を選んだ理由のひとつは、〝人の言葉を扱う〟ことへの興味だと、山口さん。

「既成の脚本、つまり自分が書いていない人の言葉を、役者に話してもらうという作業が楽しいんでしょうね。自分じゃない人が書いた言葉を読み、どういう意味なのだろうと考えるところが、まずスタートです」

 

先入観に縛られず、作家が書いたそのものに迫りたい

脚本を読むにあたって、書かれた言葉そのものに集中するよう心掛けるのが、山口さんのスタイルだ。

「作家の育った境遇だとか、この作品を書いたときにはこう考えていたとか、そうした点を重視するのはあまり好きじゃないんです。そうした読み方も一つの手法ではあるけれど、実際に書かれている言葉と乖離するなと感じることがわりとあるので」。作家と作品は、本来は別物であり、作家のことがわかったからといって、作品のことがわかるわけではない。また、先入観や常識は、言葉そのものと向き合うときに、縛られる原因となる点をも警戒している。

「稽古では、役者と私が双方にある固定観念を取り除きながら作品中の言葉が持っている可能性を広げていって、しっくりとくる表現を探す、という作業を繰り返し行っています。そこで発見したものは、最初に一人で台本を読んだときには想像し得なかった力を持つときがある。そして、それがとても面白い瞬間なのです」

だから、山口さんは出演者に脚本を「こう読んで」と指定することはしない。そうしてしまうと、メンバーが変わっても、舞台が変わっていかないと言う。

「自分がイメージした言葉を、イメージ通りに発してもらっても、発見がなくて、面白いのだろうかと思います。役者が演出家の操り人形みたいになってほしくはないんです」

役者の想像力をかきたてるような声かけを

今回、稽古を見学させてもらい、現場がとても和やかな雰囲気であることに驚かされた。「あー、演出家といえば、灰皿を投げる…といったイメージなんかもありますしね」と、笑う山口さん。

「私よりうんと若い20代くらいの役者もいますが、稽古場では基本的には敬語で話します。自分が演出家で、年上だったとしても、表現者としては対等。同じ作品を創っている一個の人間として敬意をもって接していると、きちんと言葉で表現したいんです」

なにより、緊張感や上下関係は、自由な発想の妨げになるので、できるだけ稽古場は楽しい状況にしておきたいと言う。提案はしても、ダメ出しはしない、演出家の指示が役者の想像力をかきたてるものとなるよう言葉を選ぶ……長年の経験から築いてきた、山口さんの演出のかたちである。

最後に言葉とは? と訊ねると、「器のようなもの」との答えが返ってきた。「中に入れるものは選択するけれど、それがそのまま相手に伝わるとは限らないところが面白いですね。それを役者と共に発見するのが稽古場で、お客さんと共に発見するのが上演」と。

一見、同じ言葉だとしても、発する役者や受け止める観客の影響を受け、公演後に「このセリフはこんな意味だったんだ」と分かることが、今もあるのだとか。その発見が面白く、だから演出の仕事は飽きないと、山口さんは言う。

(文、撮影・市野亜由美)

山口浩章さん プロフィール

1973年生まれ。京都市在住。立命館大学在学中に演劇を始める。卒業後、劇団「飛び道具」の旗揚げに参加。2005年より演出家としての活動を専門にし、2007年、演劇ユニット「このしたやみ」を結成。同ユニットでは、チェーホフ、岸田國士、三島由紀夫などの作品を上演。2013年~2015年、ロシアサンクトペテルブルグ国立舞台芸術アカデミーに留学し、学位を取得し帰国。俳優の身体と劇の構造に深く関係する空間造形により、国内外で高く評価されている。

山口さんが代表を務める「このしたやみ」のウェブサイト
http://konoshitayami.sensyuuraku.com/

【直近の公演情報】

山口浩章×KAIKA 既成戯曲の演出シリーズ Vol.2
「特急寝台列車ハヤワサ号」
日時:2022年12月2日(金)19:30、12月3日(土)14:00/19:00、12月4日(日)14:00
会場:THEATRE E9 KYOTO(京都市南区東九条南河原町9-1)
https://note.com/acs_kaika/n/n458759833f7b

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