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achives

2017.07

檸檬とハヤシライス。丸善京都本店のこと。

 

京都人はコーヒーが好きです。
老舗の喫茶店があったり、
個人で喫茶店を開く若者がいたり。
京都には、独特の喫茶文化があるような気がします。
もしくは、昔はどこの街にもあった風景が、
まだ残っているのかもしれません。

とはいいつつ、私の行きつけは、なんだかんだスタバです。
事務所の近くには、烏丸三条と烏丸六角にスタバがあり、
気分転換に出かけていき、こうやって原稿を書いたりしています。

今日は、六角のスタバ。
隣にある六角堂が見えるようになのか、一面ガラス張りになっていて、

六角堂がショーケースに入っているような、
いや、
ショーケースに入っているのはスタバのほうか。
不思議な場所です。

さて、最近、梶井基次郎の「檸檬」という文庫本を電車の中で読んでいます。
京都の丸善が登場する短編小説」として、私のなかにはインプットされています。
よく、そうやって、丸善京都本店を紹介する文章にも書いてあります。
私も書いた記憶があります。
それなのに、読んでなかったのです。
ごめんなさい。

そのことを、先週、丸善へ行って思い出しました。

京都BALの地下1階と地下2階にある丸善京都本店。

1階からエスカレータを下りていくと、書棚が並んでいるのが上から見られて、
ここの広さがよくわかります。
大きな大学図書館のような、アカデミックな雰囲気が好きです。

京都の丸善は、1907年に、現在の場所よりもちょっと西の場所=三条麩屋町で開店しました。
(その後、移転し、2005年に閉店→2015年に復活)

1907年は明治40年。「檸檬」が発表されたのは、1925(大正14)年。
そのころの京都のことが書いてあるのかな?と思って読み始めたらビックリ!

5ページから始まって、13ページで終わってしまいました。
短編小説とは聞いていましたが、そんなにあっという間とは。
そんなことも知らなかった自分にもビックリ。

何やら欝々とした感情を抱えた「私」が、
二条寺町あたりの八百屋さんでレモンを買って、
三条麩屋町(たぶんね)の丸善に置くのです。

「そうか、8ページ分くらいのことかな」とも思いました。
絶妙に。

梶井基次郎は昭和7年に31歳で亡くなっています。
大正時代の初めの若者って、こういう一面があるのかと、
ぼんやり、そんなことを思っています。

もちろん、この文庫にはほかにも短編小説が入っていますので、
続きを読んでいるところです。

ふたつめは「城のある町にて」です。

正直、まだ面白さが分かりません。

が、読書百遍。

分かるまで読まないと、一生分かりません。

 
さて さて、

丸善に行った日。本を2冊購入し、地下2階にあるカフェでお昼ごはんを食べました。

丸善の創業者・早矢仕有的(はやしゆうてき)が考案したと言われている(もちろん諸説あり)
ハヤシライスです。

私が食べたのはオムハヤシ。サラダ付きで1200円ほどでした。
色は茶色が濃いめです(写真は実物よりも赤くうつってしまいました)。
見た目通り、コクがあって、ほのかな苦味も。
ちょっと大人なというか…。

そう!アカデミックな紳士が、ピンと背筋を伸ばして、優雅に食べていると似合いそうでした。

元祖の味を再現しているそうです。
明治・大正のモダン洋食を思いながら、ひとりで背筋を伸ばしたのでした。

体を表す名で。社名の由来。

会社の名前っていうのは、聞きなれないうちは変だけど、

何度も言っているうちにしっくりくるようになるんだと思う。

携帯電話の会社なのに、「バンク」ってのは違和感があったし、アルファベット2文字ってのも斬新~と思った。

合併してどんどん名前が長くなっていく保険会社や銀行は、いつの間にか前からあったみたいな顔してる。

 

じゃぁ、自分の会社に名前を付けるとなって、考えました。

しっくりくるまで、言い続けます。

 


 

 

「名前を聞いたらすぐに、何の仕事か分かるほうがいいよ」

こういったのは、以前働いていた広告会社のデザイナー・Iさん。知り合いのカメラマンが独立し、「●●写真事務所」(●●は姓)と屋号をつけたと聞いて、「ストレートだな」って私が言ったときだった。Iさんがフリーのデザイナーとして活動していたころ、その屋号がちょっと変わっていたのだそう。それで「それどういう意味?」と何度も聞かれ、いちいち説明するのが面倒だったり、だんだんと恥ずかしくなったりしたのだと言う。そのときは、「それもそうですね」って返事をした程度のことだった。

フリーとして活動し始めて5年が過ぎた2013年1月。2冊目の本が出るタイミングで、自分の仕事に屋号をつけることにした。そしたらIさんの言葉がよみがえってきて、頭から離れなくなった。「文と編集の杜」という名前になったのは、そういうわけだ。それを今は略して「bhnomori」と言ったりもしているが、正しくは「ぶんとへんしゅうのもり」と読む。我ながら気に入っている。人が何と言おうと。

しばらくたって、アシスタントがやめて求人広告を出した。すると、「文と編集の社」という宛名で、履歴書が何通も届くではないか。「杜」が「社」に見えるらしい。「もり」を「森」ではなく、「杜」にしたのは、「土」から一本「木」が生えて、それが私で、仲間が増えて「森」になったらいいなということと、「土」があって、地に足がついている感じが好きなのに。

ところが、パッと見、認識しづらいのだろう。これでは分かりやすい名前としての完成度が低い…。少し後悔していると、妹が「老人ホームの名前によくあるよね、その〝杜〟」と言った。日本は高齢化社会がどんどん進むのだから、「杜」が誰もが知っている漢字になる日も、遠くはないだろう。でもそのころは自分が老人ホームに入っているんじゃないか?そしたらやっぱり「なんとかの〝杜〟」って名前のところへ入れたらいいなと思う。

リビング京都7月1日号「京都の夏 ハモのこと」「伝統芸能から感じる祇園祭」取材しました。

7月になりましたね。いよいよ京都は祇園祭が始まりました。

京都に来る前は、祇園祭というのは、 17日の山鉾巡行のことで、

その前の日の夜とかに、出店が出てて賑わっているもの、という認識でした。

が、全然違います。

7月1日吉符入、7月2日くじ取式、と日々行事が行われていきます。

昨日(7月1日)は長刀鉾のお千度の儀が八坂神社で行われたとニュースでやっていましたね。

(京都新聞社 動画ライブラリ 祇園祭 長刀鉾「お千度の儀」(2017年7月1日) )

10日からは鉾建てが、11日からは山建てがあって、いよいよ山や鉾が街に登場。

夜に街を歩けば、コンチキチンとお囃子の練習をする音が聞こえます。

これが平安時代から受け継がれていると思うと、改めて、京都ってすごいなと思います。

 

さて、そんな京都の夏。祇園祭といえば、絶対はずせないのが「ハモ」です。

京都や大阪以外の場所では、ハモをハモとして食することは、あまりないですよね。

(多くは、かまぼこなどの材料になっています)

私は、実家のある福岡でも、一時住んでいた静岡でも、意識したことはありませんでした。

 

ところが、

祇園祭は鱧祭、とも呼ばれるくらい、京都人たちは、ハモが大好き。

しかも、夏には食べないわけにはいかない!らしい。

私もこちらに来て、初めて「落とし」をいただいたときは、

色は白いし、梅肉をちょっとつけるあたりが美しくて、京都らしい!と感激しました。

そこで、なぜ、京都の夏→ハモなの?ということについて、紹介しているのが、

リビング京都7月1日号「京都の夏 ハモのこと」です。

京都市中央卸売市場に並ぶ、食材としてのハモ。

京都水族館の水槽の中で泳ぐ、魚としてのハモ。

そして、歴史や文化の観点から見るハモ。

いろんな視点からハモを紹介していますが、

いずれにしても、京都人たちの「ハモ愛」にあっぱれと言うしかありません!

京都人たちが愛してやまない、ハモのあれこれ。

読んでくださるとうれしいです。 リビング京都「京都の夏 ハモのこと」

 

 

さらに、同日号では、最終面の「まちなび」のコーナーも担当。

「伝統芸能から感じる祇園祭」を取材しました。

祇園祭は、八坂神社の祭礼です。

祭りの期間中、八坂神社のご祭神にいろいろな伝統芸能が奉納されます。

そのなかから、狂言や石見神楽、琵琶楽演奏といった、5つの行事をピックアップしてご紹介しています。

詳細はこちらをどうぞ。リビング京都「伝統芸能から感じる祇園祭」

奉納されるのを見学するというわけで、観賞は無料なのです。

7月、京都へ来たら、大きな行事がない日にも、何かしら、行われているかもしれません。

なかなか細かい行事まで紹介しているサイトはないのですが、

ここに詳しく掲載がありました。京都新聞の祇園祭のページ

祭りの熱気とともに、伝統芸能もお楽しみくださいませ。

 

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