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achives

2016.10

本屋さん、という仕事。「ガケ書房の頃」を読んで。

私が京都に来た10年ほど前。白川通りを車で走っていて、石がたくさんはまった壁から車が突き出した外観の店を見かけた。「何の店だろう」とは思ったものの、まさかそこが本屋さんだとは思わなかった。だけどそこが「ガケ書房」という書店で、なんだかサブカル系の本が置いてあるらしいという情報を得るのに、さほど時間はかからなかったと思う。京都で発行されているいろいろな雑誌に紹介されていたから、どれかにそんな風にかいてあったのかもしれない。ますます興味は募った。だが、なんだか「サブカル系の」という情報が私の足をとおのかせた。私はちっともサブカル系ではなかったので…。
そして、結局訪れないままに、誰かのFBで「ガケ書房が移転するから、あの石がもらえるらしい」という書き込みを見た。「有名なお店だったのに、どうしてだろう?」と思った。また興味は湧いたものの、「今まで一度も行ったことがないのに、移転するからって行ってみるってのも、失礼な話かな」と思い、結局ガケ書房の中には足を踏み入れることはなかった。
そうこうしていると、ガケ書房は「ホホホ座」という名でオープンするらしいということをこれまた誰かのFBで知った。ようやくホホホ座へと行き、山下さんと、一緒にホホホ座を営む松本さんに会う機会に恵まれたのが、今年の初め。「リビング京都」の取材だった。
私は山下さんに正直に「ガケ書房に行ったことがないこと」と、その理由が「サブカル系だと聞いたから」と告げた。そうすると山下さんは笑って「そんな風によく言われるけどそんなことなかったんですよ」と言った。情報ってほんと恐ろしいな。何かの雑誌にちょこっと書いてあった「サブカル」の言葉のせいだ。行ってみたら良かったと思いつつ、今度は「なぜ、ガケ書房をやめてしまったのか」が気になって、そのことについてもたずねてみた。山下さんは初対面の私のそんな質問にもちゃんと答えてくれた。その時、この本が出版されることも教えてくれた。
「なぜ、ガケ書房をやめてしまったのか」という問いに対する「答え」や、「そもそもガケ書房とはなんだったのか?」ということがこの本に書かれていた。たとえ私のように、ガケ書房を体験してない人であっても、いろいろなことを思案しながら「本屋さん」を始めた青年の話が、なんだかほろ苦く、心を打つのではないかと思う。「ガケ書房の頃」山下賢二著(夏葉社2016年)。

思い出したのは、小学5年生くらいのとき通っていた商店街の本屋さんのこと。私の町では一番大きくて、古い書店で、漫画も、小説も、雑誌も、図鑑も参考書も。何でも置いてあった。当時の私の小遣いは1000円くらいで、毎月「りぼん」という月刊の漫画を買って、残りはお菓子やジュースを買えばおしまい。普段現金はほとんど持っていない。ところが本屋さんに行くと、現金を得るチャンスがあった。それは図書券のおつりだった。
「本を読むと賢くなる」と信じていた両親は、図書券をくれて、とにかく図書券はたくさんあった。1枚500円の券。これを2枚出して2冊で合計600~700円ちょっとの本を買い、300円ほどの現金を得る。そして、こっそりケーキを買って1人で食べてみたりする。知恵というか、なんというか貧乏くさい錬金術。私はこれを繰り返していた。おつり狙いは本屋の店主にもバレバレ。だって1000円出せば、その当時文庫本が3冊買えたのだから。だけど、「おっ、また来たな」って感じで、おつりをくれた。私にも少し罪の意識があって漫画は買わず、中学~高校生が読むようなミステリーや恋愛ものの文庫本を買っていた。もちろん、ちゃんと読んだ。毎週毎週そうやって2冊ずつ本を買ったが、私が本を抜いた隙間には、新しい本が入っていた。行くたびに棚を見れば、面白そうな本が増えていた。私のために、では、ないだろうが、「これ読んでみたら?」って本屋さんからの提案されているような気がしていた。あの本屋さん、今もあるだろうか。おつり狙いではあったけど、あの棚を眺めている時間は楽しかった。そうすると、ますます幻のガケ書房が気になった。そして、ホホホ座もまた行ってみようと思った。

さよならニューヨーク。今日はFinal Debate

いつまでそっちで遊んでるの?とそろそろ言われそうですが、16日間の滞在を終えて、今JFK airportでフライトを待っているところです。JFK airportのJFKはつまり、ジョン・F・ケネディ。1963年11月に暗殺された第35代大統領。この空港はそれ以前からあったのですが、同年12月から、この大統領の名を冠する空港になりました。9つのターミナルがあり、規模は全米一。ひっきりなしに飛行機が離陸し、着陸しています。
日本で、総理大臣の名前を空港につけるなんてこと、考えられるでしょうか。何かの名前についてもせいぜい橋ぐらいかなと思います。それだけこの国の大統領は特別な存在なのです。きいた話によると、アメリカでは会社員であっても、各自で申告をして納税をするそう。日本のように会社がしてくれて、いくら払っているかよくわからない、ということではないので、税金のハナシには敏感にならざるを得ません。さらに、保険もオバマケア以前は、国民皆保険ではありませんでした。現在も問題点が山積みのようですが、病気になっても安心して治療ができない、という人もいたのです。どんな人が大統領になり、どんな政策をするのか、日本よりも肌で感じる人が多い、ということは言えるのではないかと思います。そして、日本と大きく違うのは、大統領は4年の任期、再選は1回だけと決まっています。よほどのことがない限り途中ではやめません。亡くなった人以外で辞めたのは、ウォーターゲート事件で辞任したニクソン大統領のみです(実際にやめさせる手段がないわけではありません)。
これからの8年を託す人を自分たちで選ぶ、その意識は、コロコロと総理大臣が変わっていた日本とは全然違います。

ここは夢が叶う自由の国なのか? セントラルパークの南側や5thアベニューの高級品の店が並ぶあたりを歩けば、映画やドラマで見るような「素敵な」ニューヨークを見ることができ、ハーレムで食事をしていると、「食事を分けてくれ」と通行人に声をかけられる。それも同じニューヨークの姿。黒人、白人、アジア系、南米系、中東系などなど、本当にいろいろな人がいて、私が一人歩いていても、何の違和感もありません。この国のかじ取りがいかに大変なことか。

今晩、大統領選の最終ディベートが行われます。空港のテレビでもその話題が流れています。こちらの報道でも、ヒラリー優勢と伝えられているようですが、本当にそうなのか、わかりません。私は、私の国の話ではないので、どちらにも肩入れしませんが、5thアベニューにあるトランプタワー(ビルですけど)はにぎわっていたし、記念に写真を撮る人もいました。イギリスのEU離脱だって、蓋を開けてみるまで分かりませんでした。メディアの論調がすべてではないのです。

ブラックベリーを買ったら、半分腐っていました。バックを買おうとしたら、ストラップがついていなかったので、店員にきいたら、「時々取られちゃうのよ」と言われて、私にくれました。この国では「Buyer Beaware」という言葉があるそうです。買う人が、気を付けて選ぶべきという意味です。大統領選はお買い物ではないでしょうが、ここは自己責任の国。さて、どちらに決まるか。海の向こうからその選択を見守るとしましょう。

ニューヨークの空気。一生懸命歩かなければ、望む場所へ行くことはできない。

ニューヨーク滞在も後半に突入し、ジャズ、ゴスペルの次はブロードウェイミュージカル。ブロードウェイってのはBroadway、つまり通りの名前。マンハッタンはそれぞれの通りに名前があり(これは西洋のほかの都市でも同じ)、タテ・ヨコまっすぐに道が通っている。「57丁目の通り(これは東西=ヨコ)の7thAve.と6thAve.(これらは南北=タテ)の間」で場所が特定できるのは京都と同じ方式だ。ちなみに、これだとカーネギーホールがあるところをさす。
ところがBroadwayはそんな街を南北に、斜めに突っ切っている不思議な通り。タイムズスクエアのあたりで、同じく南北の通りである7thAve.と交わっていて、このあたりを歩けば劇場に当たるって具合に、あっちもこっちも劇場だらけ。劇場は月曜日がだいたい休みで、そのほかは毎日上演している。おおむねどこも夜8時始まりの10時30分終わりで、終演時間になると、劇場からわっと人があふれ出てきて、それでなくても人だらけのタイムズスクエア周辺は大混雑。そしてみんな地下鉄の駅に吸い込まれていく。

さて、金曜日の夜。
ニューアムステルダムシアターの前に並んでいるのはカップルや小さな子どもを連れた家族。「アラジン」を見に来るのだから、そんなハッピーな人たちでいっぱいなのは当たり前。そこに紛れて40過ぎの女が一人……。子ども並みにワクワクしながら列に並び、入口で「何人ですか?」って聞かれても、めげずに「私だけよ」って答えて劇場へ。中に入れば、外にいるときは想像もしていなかった内装装飾の美しさに目をキョロキョロ。本当に子どものよう。お恥ずかしい。
さて、私実は、英語がほとんど話せない。「トイレはどこですか?」が聞けるレベル。それなのにミュージカル?分かんないのに? でもまわりを見回すと小さい子どもがちらほら。子どもが見るミュージカルなのだ。中学生レベルの英語でも、耳をかっぽじって、集中して、頑張ろうじゃないか(でなければ日本の英語教育は本当に問題だ)。それにミュージカルはオーバーアクションで、滑舌もいい。ライブの合間のMCを聞きとるよりもずっと簡単なハズ。もしそれでも自信がなければ、あらかじめあらすじをチェックしておくといい。英語が分からないばっかりに、物語の中で迷子にならずにすむ(歌舞伎や能もそうしていくと分かりやすいとか)。

とはいえ、なんといってもここは本場。英語が分からなくても見る価値は十分にある。席は1階席(オーケストラ)のやや後方。全体が見渡せるなかなか良い場所。
幕が上がってしばらくして、ランプの精・ジーニー役のJames Monroe Iglehartが出てくると空気が彼一色に。彼はこの作品で2014年のトニー賞助演男優賞も獲得しているほどの名パフォーマンス。大きな体で歌って、躍って。そして人を笑わせる。本当に天才、まったく目が離せない。間も絶妙。何年もやってるし、うまくいくにきまっているのだが、彼がひと言「spotlight!」といって、即座にポンとライトが照らしたときなんか、本当に魔法のようだった。そんな細かな部分にも、ぐいぐい引き込まれていく。もちろんアラジンもジャスミン姫も素敵。ふたりが恋に落ちるシーンなど、わかっているけど、ガラにもなく心がきゅんとなったりして。そこはミュージカル、歌の力。空飛ぶじゅうたんに乗って壮大なバラードをデュエットしてるときなんか、もう夢中。このじゅうたんに乗っているときに、照明が微妙に暗いのがいい。月明かりに照らされてふたりで空を舞う。あぁロマンティック!

続いて土曜日の夜は「キンキーブーツ」。
これは2013年にトニー賞を6部門で受賞した怪物作品で、音楽はシンディローパー。この日の席はオーケストラの2列目。しかも中央。真ん前!!!!
この物語は、アラジンと違って大人向け。イギリス田舎町の靴工場を継ぐことになった若者が、倒産寸前の工場を救うべく、ドラァグクイーン(drag queen)がはく、きらびやかでセクシーなキンキーブーツを作り、ミラノの見本市に出展するというお話。ドラァグクイーンというのは、女装をした男性。ショー的な派手な格好をしているゲイの方たちらしい。
そのドラァグクイーンたちが登場してくるシーンは圧巻。化粧も衣装も派手な大女(みんな男性の俳優さん)が、前列2列目の私にむかってずんずん突き進んでくる! アラジンは引きこまれる感じだったが、こっちは圧倒的なパワーで押し寄せられる。そのダンスと歌が見事なのは言うまでもない。一見して男と分かるきれいな大女たちがダイナミックに、ものすごい高さのピンヒール(この靴がどれもカワイイし、こまめに衣裳に合わせて履き替えてた)をはいてパワフルに、キレキレで踊りまくる。ほんと、いろんな意味で、初めて見る世界。

靴工場の再生、ドラァグクイーンたちへの偏見、工場を継いだ若者チャールズの葛藤、ドラァグクイーン・ローラの思い(涙を流すシーンまであった!)…。と物語もしっかりとしていて、それにあう曲がその都度熱唱されて(もう1回言うが、シンディローパー作)、本当にカッコいい、大人のミュージカル。これはあらすじを予習していっておいて正解。でも私の耳でも少し聞き取れる英語があった。「change the world, change your mind」(正確にはちょっと違うかも)。世界を変えるには、あなたの心を変えなくちゃ。

アラジンもキンキーブーツもこの舞台に立っているのは、何百人といる俳優から選ばれた人たち。歌も、ダンスもものすごい努力を重ねてきた結果、つかみ取ったこの舞台のこの役。
特にキンキーブーツはステージに近く、瞳の色まではっきり分かる位置。当たり前かもしれないけど主役から脇役まで全員が真剣だった。目線、指先、髪の毛の一本まで、衣裳をひらりと払うその先まで、ビシッと熱が入っている。手を抜くところなんてこれぽっちもない。魅せることに全力疾走だ。その熱が劇場内を満たす。そのパフォーマンスにいい大人が子どものように目を輝かせて、「ありがとう!最高だった!」の気持ちを込めた割れんばかりの拍手。演者と観客、お互いの熱量たるやものすごい。

ニューヨークにはたくさんのミュージシャン、俳優、アーティストが憧れ、目指してくる。それを自由という大きな懐で受け止めている。だが、ここまではたどり着くかもしれないけれど、そしてここにもたくさんの道があるけれど、自分が行きたい場所へ行くには、必死で歩いて道を選び、なければ作るしかない。誰も歩き方は教えてくれない。ここは自由の街だから、それぞれのフィールドを自分の力で歩く。でないと、この街へ来ただけで、道は終わってしまうのだ。厳しいけれど、なんだかすがすがしい。私もこの空気をいっぱい吸って、日本へ帰ろう。

ニューヨーク一週間。音楽を聴く。

ニューヨークへは、友人を訪ねてきたのですが、そのほかには何の予定も決めておらず、自由の女神ぐらいは見なさいよ、と夫にいわれたものの、まだ見ていないという滞在1週間。

で、何をしているかと言うと、音楽を聴いています。
その訪問した友人というのが、ジャズシンガーである深尾多恵子さんということも大きいのですが、話を聞いていて、そんなに惹かれたニューヨークの音楽とは?と興味がわいてきました。

まず聴いたのは、もちろんジャズ。10月6日、深尾さんがニューヨークでも指折りのジャズクラブ「birdland」のステージに立ちました。場所はタイムズスクエアのすぐ近く。ミッドタウンのど真ん中です。ニューヨークはジャズの本場、だとしたらたくさんのジャズクラブがあるのだろうと思っていたのですが、深尾さんによると、ちゃんとジャズクラブと呼んでいいレベルなのは10~15軒。あとは、ジャズが聴ける店が多々あるという状態。「birdland」はれっきとしたジャズクラブです。そこに日本人の、しかもシンガーが出る。母国語が英語でない人間が歌うのは非常に大変なことです。
そのライブを仕切る人間が、メンバーの選定、依頼、ギャラの支払い、広告、そのうえ、曲選び、打ち合わせ、メンバーへの連絡、そして当日の自分の準備…。「歌う」以外にもこんなにすることがあるとは! パワーがないとやっていけないビジネスです。
そしてライブはもちろん大盛況。ステージを囲むように客席が階段状に並び、お酒を飲みながら、少しご飯を食べながら、みんな真剣に聴いています。それも吟味するように。視線が痛いぐらいではないかと思うほど。それにこたえるように演奏し、歌う、素敵な一夜でした。ここでは必死で写真撮影を担当。私がライブに集中できなかったのが心残り。

そして、別日に行ったのは、ダウンタウンのジャズクラブ「Mezzrow」。べテランのトランぺッターさんと、ギター、ベースのトリオです。外国人なのではっきりと分かりかねますが、みなさん60歳はこえてるだろうなという風貌。このライブのリーダーはトランぺッターさん。彼はなかなかの有名な人だそうで、たしかに素人耳にもわかるほどの、音の質の良さ、音運びの秀逸さ。歌のない音楽はやや苦手な私でしたが、1時間以上、全く退屈しません。ジャズはその場で創り上げる音楽です。譜面はおいてはあるものの、3人の響きあいが大切。誰かの音に誰かが応えたり、息ぴったりにスパッと終わったり。ステージではトランぺッターさんが前に立っていて、まったくほかの2人を見ていないのに、です。しかも繰り返しますが、音がすごくいいのです。自由で、音符が弾けて飛んできたり、滑り台を滑るように滑らかに降って来たり。そのうえ、演奏者にとても余裕がある。目をつぶって、ほかの人のソロの部分では「おお、いいじゃん。なかなかやるねぇ」と言わんばかりに、ニヤニヤ。あぁ、夢のような演奏でした。

次はゴスペル。タイムズスクエアチャーチで火曜日に行われる「WORLD WIDE PRAYER MEETING」。狙いはゴスペルですが、宗教的な行事です。
まず到着して驚きました。劇場のような造り。ヨーロッパ調の装飾がほどこされたきらびやかな空間の前方にステージがあり、そこから階段状に客席が伸びていて、ちょっとしたホールです(写真が向きが変になっていますが、それが天井です)。係員に促されるままに座ったのは前から2列目の正面。まわりは黒人がやや多め、白人では年配の人が多かったように思います。そのほかちょっと観光できたようなアジア人もちらほら。「中国語の翻訳機が要りますか?」と尋ねられたので、中国人も多いのでしょうね。
さて、幕があがると、いきなりゴスペルです。最初はてっきり説教やお祈りがあって最後にゴスペルかな。寝ちゃわないか心配。と思っていたので、ビックリ&安心しました。しかも、ソロの女性シンガーがいきなり全開で、アップテンポの曲を力強く歌い上げます。寝てるなんて不可能(笑)。コーラスの人々が後ろに30人くらい並んでいて、演奏ももちろん生。舞台のそでにピアノ、ドラムなどなどがいます。あまりの迫力に感動して泣いてしまいました。こんな目の前で、あんなふうに迫力ある歌を歌う人、初めて見た…としばし呆然。そうして私の背中にどっと押し寄せる歌声。参加者が全員、大声で歌って、躍ってしているのです。気合を入れてこないとのまれます。
ここタイムズスクエアチャーチがいいのは、火曜日にもあること(通常は日曜日の午前中しかないところが多い)、アクセスがいいこと、そして歌詞がスクリーンに出ること。初めて聞いた歌でも、繰り返しが多いので、スクリーンを見ながら一緒に歌うことができます。もちろん私も混ざって熱唱。あまりにいい歌だったのでCDがあったら買いたいなと思ったぐらい。
2曲ゴスペルがあって、1人目の説教が始まりました。この人も全然、教会というイメージと違います。格闘技のパフォーマンスかと思うような、叫び系。内容は神様の話しなのですけどね。ほかにも2人説教をした人がいましたが、この人よりは普通。でもプレゼン力がすごい。日本でいうと、なんだろう…。頭のいい司会者か、演説のうまい人でしょうか。そして説教のあとで、お祈り。こうしてゴスペル→説教→お祈りを何度か繰り返します。
後半のお祈りタイムではみんなで手をつないで各々の祈りを捧げるのですが、号泣している人が多々。さっきまでみんな楽しそうに歌って、躍ってしてたのに…。何かつらいことがあるんだろうな…と私まで号泣。変な日本人です(すっかりのまれてる)。泣くのも一緒、歌うのも一緒、躍るのも一緒ってわけで、妙な一体感を得て、帰路につきました。
*ネットでも見れますが、その場にいる迫力はこんなもんではありません。すさまじかったです。

まだまだ音楽三昧は続きます。備忘録的にもう1つ。続いてはダウンタウンの別のジャズクラブ「Smalls」。ここはハコも小さめですが、お店の前に立っているおじさんが小柄。だからこの名前なのかな、とか思いつつ。今晩はサックスが3人、ベース(日本人!)とドラム。彼らはまだ「若手」で、勢いがある演奏をするよ、と深尾さんに教えてもらったライブでした。なるほど、ライブの最初は息がいまいちあってない?ような気もしたり。でももちろん全体としては整っています。同じ楽器が3人って面白い。合わせてふくときも、ソロでふくときも。ちょっとずつ個性が垣間見れるのです。3人のうち、この人の演奏がいいなと思ったり。こうやってごひいきを増やしていくのでしょうね。
1時間ほど過ぎたら、ちょっと休憩があって、secondsetが始まりました。そうしたら「あなたたち休憩の間に反省会でも開いたの?」って感じに、いきいきとした演奏に。サックスのハリのある音が、せまいライブハウスにビシビシ響きます。お客さんも「おお!いいぞ!」って具合に盛り上げます。
あぁ、楽しくなってきた!というところで、実は時間切れ。あまり1人で遅い時間にウロウロするわけにもいかず。心の門限が来たのでした。後ろ髪をひかれつつ、よし、明日はあそこに行ってみようかな。この前ソールドアウトで入れなかったあそこへ行くぞ…と計画を練るのでした。自由の女神はいつになることやら。

ニューヨークで思うこと。

地下鉄に乗っていたら、急にメキシカンな音楽が鳴り始めた。と思ったら、ギターを弾きながら歌う人とそれに合わせてアコーディオンオルガンを弾いてるおじさんが乗ってきたのだった。集金箱がわりに、帽子のつばを手にもって乗客の前にさりげなく出しながら歩いてくる。次の駅に着くまでの間ずっと歌って演奏している。一番驚いたのは、その出来事に、乗客が一人として関心を示さないこと。むしろ目を合わせないようにしている。そう、これは「よくあること」なのだ。駅に着くと2人はいったん下りた。多分隣の車両に行って、また演奏するのだろう。
NYってところは、そんな街みたいだ。いろんな人がいろんなことしているけど、よっぽどのことがない限り、それに注意を払われない。タイムズスクエアに行ったら、Tバック1枚の女の人が、体中アメリカ国旗にペインティングして、観光客と写真を撮っていた。また別の日、地下鉄に乗ったら、葉っぱ模様のタイツに、葉っぱを付けた服、葉っぱの帽子をかぶった人も乗ってきた。ミュージカルの舞台から飛び出したみたい。それだけいろんな人がいるから、いちいち驚かないようになっているんだな。
街を歩いていると、これまでに訪れたどの都市よりもいろいろな国の人が歩いている。公園では、今日はインド系と中国系の子どもが一緒に遊んでいた。もちろん白人も黒人もいる。私が滞在しているQueensは歴史的に移民が多い場所らしい。韓国系のスーパーでは日本食の食材が売っているし、中国系のスーパーは野菜が豊富で安いとか。アメリカ資本のスーパーにはなんでもあるけどちょっと値段が高いらしい。Queensからイーストリバーを越えてマンハッタンに行けば、物価はもっともっと高くなる。そっちへ行くと白人比率があがったような気がした。
こんな風に思う自分だって、〝いろんな〟の一部。人種、国、考え方、好み。いろんながあっていいんだ。ここは世界地図がぎゅってなってる。滞在5日目。とりとめもないけど、そんな気分。

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