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コラム

「そ/s/KAWAHIGASHI」店主 カリナリーディレクター 中東篤志さん 「日本食の良さを日本の若い人に伝えていきたい。今は、その種まきのときなんです」

京阪「神宮丸太町」駅近くに店を構える「そ/s/KAWAHIGASHI」。
文と編集の杜からは丸太町通を西へ歩いて10分ほどのところにある、日本食とお酒を楽しめる一軒です。

店主の中東篤志さんは1986年生まれ。代々料亭を営む家庭で育ったため、小さいときから料理に親しんできたといいます。
「2歳までに卵を割る、小学1年生になったらイカをさばく、小学3年生になったらアジの3枚おろしをするなどが決まっていました。そのため、料理をすることが当たり前になっていったんだと思います」

中東さんが12歳のとき、父が独立。銀閣寺近くに「草喰なかひがし」をオープンしたことで、より一層、料理が身近になっていきました。
「中学、高校へと進むにつれ、父の店の手伝いをすることが増えていきましたが、自分自身は料理人になる気持ちはありませんでした。料理は、あくまでも楽しむものという感覚だったので。でも、お客さんを感動させられる料理を作ること、感動するお客さんの姿を間近で感じられることは素晴らしいなと。料理人にはならなくても、いずれ、食に関わる仕事をするかもしれないという思いはありました」

18歳で、バス・フィッシングのプロを目指して渡米

いずれは、と考えるには理由がありました。
「高校時代、何よりもパッションをもって打ち込んでいたことはバス・フィッシングだったんです。プロの世界で試してみたい、やらないと後悔する。そんな気持ちで、高校卒業と同時にバス・フィッシングの本場であるアメリカへと渡りました」

5年やって芽がでなければ潔くやめる。そう決めての挑戦でした。
「バス・フィッシングの大会は田舎町で開催されるんですが、そういうところには日本食レストランも日本食の食材を扱う店もほとんどありません。でも日本食は作りたいし、食べたい。限られた調味料や食材を駆使して料理を作るうちに、現地で知り合った人にふるまうようになっていきました」

そんなことが日常になっていったころ。
「アメリカ人の女性から、自分の家の庭で飼っている鶏で料理を作ってほしいと頼まれたんです。いざ作ってみると、その女性が昔を思い出したと泣いてしまって。その方のおばあさんも人が集まったときに同じように鶏をしめて料理を作っていたそうで、『私たちは命をいただいて、命をつないできたんだ』とおっしゃっていました。それを聞いてアメリカの食文化に触れたような気がしたんです。いろいろな人たちが集まるこの国だからこそ多様な食文化がある。この国で料理をしたらおもしろいかもしれないと思い始めました」

バス・フィッシングでもプロ戦に出られるまでになっていましたが、次第に料理への思いが大きくなっていった中東さん。区切りの5年を終えようというころ、ニューヨークにある精進料理店「嘉日(Kajitsu)」のオープニングスタッフとして声をかけられたのを機に、料理の世界へと足を踏み入れたのです。

生産者や作家などの“職”をつなぐことも自分の役割

「嘉日」では、カウンター越しにお客さんに日本食や日本の文化を伝える場面が多くあったそう。
「そういう経験をするなかで、僕がやれること、ほかの人がやれないことって何かなと自問することが増えていきました。その答えが、世界に日本食を広めることだったんです」

世界に━。
でもそれが目的ではありませんでした。中東さんが見据えたのはその先。
「日本人、特に若い人が日本食を知らないことに危機感を持っていたんです。どうしたら日本人に日本食の素晴らしさを知ってもらえるかと思ったときに、まずは世界で種をまこうと。外国で日本食がブームになったら、自国の食にもっと興味を持ってもらえるんじゃないかと考えました」

29歳で「嘉日」を離れ、「One Rice One Soup Inc.」(アメリカ法人)を設立。カリナリーディレクターとしての活動をスタートしました。
「One Rice One Soup という名前は、日本食を一番シンプルにした形をイメージしています。飯碗と汁椀。あとは漬物などの一品があってお箸を並べるだけでいい。この形をベースに日本食を世界に発信していこうという思いをこめました。カリナリーとは、飲食全般を指す英語です。料理だけではなく、飲み物、器、空間、サービスといった飲食に関わるすべてにアンテナをはって仕事をしていくという気持ちで名乗っています」

当面の目標はアメリカにある50州、それぞれの州で日本食に関わる店やプロジェクトを始めること。
「あと48州残っています」。そう笑う中東さんは、続けて、「ですので、日本に逆輸入で戻ってくるのは、まだまだ先。僕の子どもの世代かもしれません。でも、それでいいんです。多くの人が日本食の良さに気付いてくれたら、生産者さんやいい器を作る作家さんももっと活躍できる。日本食を取り巻く職もつないでいかないとと思っています」

思いを共有する仲間とともに次のステップへ

 日本食の良さを広げるため、今は海外での活動と平行して、日本でも「One Rice One Soup株式会社」を設立し、地方創生事業やイベントの企画などにも携わっています。2019年10月にオープンした「そ/s/KAWAHIGASHI」もその一つ。
「この店は、同じ思いを共有し、育てていく仲間をつくる場でもあるんです」

すでに、仲間たちとともに行う大きなプロジェクトも進行中です。
「来年の夏、京都市内で始めることになりました。そこの大きな柱にしたいのが食育。小さなお子さん連れの家族や修学旅行生、若い人たちに日本食を知ってもらう企画ができればと計画中です」

世界と日本。それぞれのフィールドでの活動が両輪となって、日本食の素晴らしさを次世代へとつなげていきます。(文・写真 内山十子)

京都のグルメ
そ/s/kawahigashiの「おむすびとおばんざい弁当」
URL
https://bhnomori.com/column/2479/

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