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コラム

私はちょっと変なヒトでした。「ヨーロッパ退屈日記」を読んで。

1年がかりで作った本の校了作業が今週やってきて、それはもうバタバタしておりました。ので、また更新をさぼってしまったのです。でも、この間、1冊だけ本を読みました。今日はそのお話。「ヨーロッパ退屈日記」(伊丹十三著 新潮文庫 平成14年発行)。

この本に載っているお話が書かれたのはもう50年も前のこと。最初は、「昔の話だからな~」と思いながら読んでいたのだけれど、結局「日本人(私だけかもだけど)のヨーロッパに対する感覚って全然今も変わってないんじゃないか」と思ってしまった。

著者・伊丹十三さんと言えば、私のなかでは「お葬式」や「マルサの女」といった映画の監督をした人で、俳優で、突然亡くなってしまった人、というくらいの情報しか持ち合わせていなかった。でもこのタイトル「ヨーロッパ退屈日記」に、それと、手に吸い付くようにツルツルしていたなんともさわり心地が良いカバーに惹かれて購入。短編エッセイの集まりのような一冊なので、電車の中で少しずつ読み進んだ。そしてトータルの感想がくだんの通り。

私が映画監督・伊丹十三さんを知るずっと前に、彼は海外の映画にも出演する俳優で、外国に長期滞在をする暮らしをしていた。この本に書かれているのはその時に見聞きしたこと。そしてデザイナーでもあり、イラストレーターでもある(本に掲載の絵も素敵)彼が書いている文章には、ユーモアがあり、彼独自の捉え方が淡々と述べられていて、あぁ芸術家なんだなと思う。それは私が子どもの頃に見た、記憶のなかの伊丹十三のイメージ通り。だから逆に、あのイメージってこういうことだったんだ、と腑に落ちたりもした。

で、何が「今も全然変わってないんじゃないか」と思ったかというと、読んでみると「やっぱりヨーロッパですごいんじゃないか」という気持ちがしてくること。ただし本には、ちっともそんなことは書かれていないし、伊丹十三はそんなこと感じてなかったのかもしれない。イギリスではこうだった、イタリアではこうだ、という感じで描写がしてあるに過ぎない。だから「日本っていいよね」「ヨーロッパっていいよね」とかを軽々しく論じているものではないと思う(むしろそういうのが嫌なんじゃないかと)。でもなんか、いい匂いがする。してしまう。私は、残念ながらこれを50年もたってから読んで、さらに(それでなくても憧れてしまっているのに)ヨーロッパの持つ深みにはまってしまいそうだから、なんだか嫌なのだ(笑)。

この本のカバーには「この本を読んでニヤッとなったら、あなたは本格派で、しかもちょっと変なヒトです」と書いてある。さすがに、ニヤッとできるほど、本格派ではなかったけれど、フムフムとなってしまった部分が大いにあったので、「しかもちょっと変なヒト」には当てはまってしまっただろうと思う。古臭くやると、おでこを手のひらでぺちって叩いて、「やられた!」って感じ。
ちなみに、このカバーのコピーも、本のタイトルも、「トリスを飲んで、HAWAIIに行こう」の山口瞳さんによるもの。文章に携わる者としては、背筋がピンとなって、さらにゾゾゾとしてしまうのです(お若い方はご存じないかもしれないので、詳しくは「壽屋 宣伝部」で検索を。サントリーってほんとすごいのよ)。

そしていまさらですけど、この記事も、前に本を読んだことを書いた記事も、「読んだ」と報告をしているのに、感想を書くだけで、本の内容については極力書かないようにしようと思っているので、なんだかよく分からない文章になってしまったかも。申し訳ない。でも皆さんと本との出合いはまっさらにしておきたいのです。もし、どの辺がそう思ったん?と思った人がいたら、ぜひ本を手に取って読んでみてください。私は特に「場違い」というエッセイが気に入っています。